普段着の文章 物部自動車工業 店主の日記

京都市西京区で車検整備の認証工場の店主です.趣味や思いつきを書いています.

特に読んでいただきたい記事
  1. 命は大切ですかと問えば

娘に手を差し伸べ得なかった、父親の悔い

「どうしてワタミを候補者にするんだ?」 過労死した社員の両親、自民党に抗議 田中龍作ジャーナル

http://tanakaryusaku.jp/2013/06/0007454

その父親の表情を見たとき、ワタミへの怒り以上に我が娘を救ってやれなかった父親の、自分自身への怒りと悔いが垣間見え、記事を直視するのが辛くありました。

自民党が、本部内ではなく、門前で、あるいは門前払いと表現しても良いかもしれませんが、それも議員ではなく、職員に対応させたというのは、言葉にはしないけれど貴方や貴方の娘のことよりも、我々にとってワタミの渡邊美樹氏の方が大事なんだよと態度に示しているのと同意でしょうし、大勢に入ってこられるのは困るということでしたら、両親と数人だけ受け入れ、本部内で話を聴くことも出来たわけです。

私は、過労死した彼女とはまったく面識もありませんし、森さんも存じません、いわば赤の他人ですが、もしも、渡辺氏が自民党の国会議員になりでもしたら、「ワタミと社員」の関係である話が、「国と国民」の関係という形になるかもしれません、いえ、正確に云えば、政府はそうしたいからこそ、渡辺氏を候補者にしたのでしょうし、その場合、私たち誰もが、写真にある父親の苦渋の表情をしなければならなくなるかもしれません。

そう、考えたとき、この問題は決して他人事ではなく、我が事として受け止め、行動しなければならないのではないのでしょうか。

京都新聞2005.3.23朝刊「60年目の肖像 従うという罪かみしめて 岡部伊都子」 もう8年前の京都新聞に寄せられた文章です。

この文章にこうあります。

「いま、いのちを大切にする人間性を日本人はなくしたのではなく、前から持ってへなんだ。前持って今ないというのと違います」

彼女のこの文章は一体どういう意味なのか。誰だっていのちの大切さくらい知っているのに、どうして、彼女はそう書いたのか。 8年間、考えた結果、確かに私はいのちの大切さを知らない、と認識しました。

彼女の云ういのちの大切さとは、普遍的ないのちを云っているのであり、見ず知らずの赤の他人、自分自身とは違う考え方の人、そういう人たちのいのちも含めて、いえ、そういった人たちのいのちが大切であると認識できたとき、初めて、いのちの大切さを知ったと言えるのではないでしょうか。

今回のことにつきましても、私にとって赤の他人である森さんのいのちを大切と思えることこそが、そう切に思える人たちが増えることこそが、この社会を良い方向へと導いていく原動力になるのではないでしょうか。

http://monobe.info/2013/doku.php?id=20130629kui